【あのアカウントの裏側】大物ネタクラスタ「ダ・ヴィンチ・恐山」インタビュー・前編
このコーナーでは、Twitterで活躍する人にインタビューし、日々のツイートでは見えてこないアカウントの裏側を探ります。
第1回は、Twitterの大物ネタクラスタ「ダ・ヴィンチ・恐山」さんにお話を聞いてきました。
『とびだせ どうぶつの森』の対義語は『ひっこんでろ 人間砂漠』だろうか。世知辛いな。
— ダ・ヴィンチ・恐山(品田遊) (@d_v_osorezan) 2012年11月7日
Twitter上でおもしろツイートを投稿し続ける「ネタクラスタ」をフォローしている人なら、すでに説明不要の恐山さん。
Twitterのお気に入りを管理できるサービス「favstar」では、お気に入りされた数が「200,000+」と表示されるほど。「おもしろいアカウントといえば」で、まっさきに彼を上げる人も多いことでしょう。
月刊ビッグガンガンで4コママンガ『くーろんず』、ダ・ヴィンチ電子ナビで『ダ・ヴィンチ恐山の降霊大喜利』と、連載を持っている人気御用作家でもあります。
あまり日常のできごとをツイートしないため、その生活スタイルや本当に考えていることは謎のベールに包まれているが…。今回は、そんな恐山さんの素顔に迫ってみました。
▼ダ・ヴィンチ・恐山が語る「美川憲一」
天井に釣られた驚くほど不安定な椅子で
インタビューに答えてくれた恐山さん
恐山 直前までツイートをしていたので、忙しくないのがバレてしまいましたね。
突然デスゲームに参加させられた美川憲一のモノローグ「いや……落ち着くのよ美川憲一……」
— ダ・ヴィンチ・恐山(品田遊) (@d_v_osorezan) 2013年3月11日
美川憲一さんの話をしていましたね。テレビか何かで観られたんですか?
恐山 そういうわけではないんですよ。自分でもわからないですね。もともとは、「モノローグで自分の名前を言う」というのがおもしろいかなと思ってツイートをしていたのですが、それが美川方面へ派生してしまって…。
気持ちがノッてくるワードが出てくると、それでツイートが弾むというわけですね。
恐山 おもしろければそうですね。
美川憲一さん関連のネタは、本アカウントである「@d_v_osorezan」と、副アカウントである「@d_d_osorezan」でツイートされていましたが、どういった使い分けをしているんですか?
恐山 そもそも副アカウントは、私自身が悪口を言われるのがすごく嫌なので、角が立たないように発言をわけようと作ったもの。しかし今回は、「本アカウントで美川憲一さんのことばかりつぶやいている人」になりそうだったので、副アカウントでもツイートしていただけです。思いついたものをどこかへ出したいので、調整して使い分けました。
本アカウントと副アカウントで、そういった使い分け方をされていたんですね。
恐山 こういうツイートをしていると、ネタの対象について無駄に詳しくなるんですよ。今回は、美川憲一さんについて詳しくなりました。
ツイートする前に、いろいろと検索してネタの対象を調べるんですか?
恐山 はい。美川憲一さんと神田うのさんが、どうやって呼び合っているのかを調べるために「美川 うの 二人称」で検索したりしました。でも、そういう一覧表はネット上にはなかったです。
「二人称」でバッチリ書いてあるサイトは、ワールドワイドウェブにはおそらくないでしょうね。
恐山 でもその過程で、美川憲一さんは仕事が不調なとき、コロッケさんのモノマネに乗っかったり、神田うのさんに乗っかったりして何度も復活しているという知識を得ました。結構、したたかな人だということがわかったんです。
恐山 以前、小島よしおさんについて調べた際は「そんなの関係ねぇ」の動きが、「ワンハンド・ダンベル・ローイングスタイル」という名前だということを知りました。これ、多分本人も知らない情報だと思うのですが、ネット上にはそういった情報が溢れているんですよ。
恐山 はい?
今回、恐山さんのインタビューということなんですが、今のところ美川憲一さんと小島よしおさんの話しかしていないので、ちょっと話を変えてもいいでしょうか。
恐山 本当ですね。もちろん変えてください。
▼もっとほがらかになりたい
インタビュー開始から、美川憲一さんについてしか話さない恐山さん
「美川憲一さんって、ソフビ人形にしやすそうですよね」
恐山 いろいろ言ってはいけないかもしれないことも言ってしまうんですけど、そのギリギリのラインは実験的にいつも探っています。
当たり障りのない言葉ばかりでなく、人の心にざわめきくらいは残したいってわけですね。守りよりは攻めの姿勢で。
恐山 以前、「神聖かまってちゃん」のボーカルの方にリプライをもらって、そっけなく返信したときは、「攻めてるね」っていわれました。そんな有名な方だっていうのは知らなくて…。
全然攻めているわけでないのに、攻めているっぽくみられることもあるわけですね。
恐山 昔から、冷淡なやつだとはいわれますね。私、わりと面と向かってひどいことを言うタイプかも…。その言葉を思ってしまった自分を否定したくないというか…。
「発信したい」「発言したい」という思いがないと、インターネットで自己表現しないですからね。
恐山 本当は、もっとほがらかになりたいんですけどね。エラーくん(@error403)みたいになりたい。僕がTwitterを始めたきっかけは、エラーくんなんですよ。
そうなんですね! 恐山さんは、2009年12月にTwitterを開始したそうですが、その辺りにエラーくんのツイートを見たということでしょうか?
恐山 そうです。当時、Twitter自体を使っていろいろ遊んでいるのって、エラーくんくらいしかいなくて。それを見たのが最初ですね。
恐山 ROM専でしたね。自己表現をはじめたのは、Twitterが最初です。メールアドレスもTwitterのためにとったくらいですから。
▼「ダ・ヴィンチ・恐山」という名前は後悔している
不安定な足場で、ピザを注文した恐山さん
なぜかタバスコを2本も置かれた
Twitterをはじめるにあたって、「ダ・ヴィンチ・恐山」という名前を使用したのはなぜですか? 小学校のころに考えたペンネームだそうですが。
恐山 昔からおおひなたごう先生の作品が好きで、「小学校のころは、ベルサイユ大日向というペンネームだった」というエピソードを覚えていていたんです。その「小学生のころに使っていた」というフレーズがよかったから、私も小学生のころのペンネームを使いました。ちょっと後悔していますが、いろんな人にすぐ覚えてもらえるのでよかったです。この名前と、アルミホイルがあればすぐ認識されますから。
恐山 「波羅密多ピコ麻呂」です。
本当に「ダ・ヴィンチ・恐山」でよかったですね…。目元のアイコンが特徴的ですが、どうしてあのようなアイコンに?
恐山 Twitterをはじめたとき、パソコンのフォルダーにフランツ・カフカの目元の画像がたまたまあったんです。使ってみたら、トリミングされてあんな感じになりました。完全に偶然ですね。たまに「けいおん!」のあずにゃんのアイコンにしようかなとも思いますが、まだやっていないです。
いきなりは、いろいろな段階を飛び超え過ぎですね。みんな驚きますよ。
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というわけで、インタビュー前半はここまで。
後半では、恐山さんがどういった学生時代を過ごしてきたのか、彼の思考が詰まったメモ帳なども公開します。おたのしみに!