こんにちは、小野ほりでいです。

みなさんはミュートできない付き合いの人がTwitterで延々と正しいことを言い始めたらどうしますか?

「正しいのはわかるけど、しつこいし不快」と思ったとき、どう伝えればいいのか考えてみましょう。

 

エリコちゃん

何も考えないのが得意なOL。

 

ミカ先輩

考えすぎてどつぼにはまってしまいがちな、エリコの先輩。

 

 

 

 

やったー! 今回もキヨミさんから質問がきたわよ。

この人、ほかにすることないのかな?

 

 

 

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エリコちゃん、ミカ先輩こんにちは。

先日ラーメン屋に行ったところ、すごくまずいラーメンが出てきました。

それだけなら別にいいのですが、その店主がずっと

国がどうだから景気が悪いとか政治に対する不満を私にぶつけてきました。

国が悪いのは分かりますが、景気がよくなるのに期待するよりお前が

おいしいラーメンを出す方が先だろと思ってしまいました。

お2人はこんな経験ありませんか?

 

このコラムは、もうインターネット関係なくなったのかな?

いや…ある!

この問題、とてつもなく深くインターネットに関係している…。

関わりすぎていると言っていいほどに…!

な、なんだってー!!!!

 

 

 

 

 

自分のことすらままならない人ほど、言うことの規模がでかい問題

 

 

 

まず、この問題はネット以前に、駅前でワンカップを飲みながら管巻いてるおじさんよろしく、昔からよくみられる現象であることに相違ないわ。

 

地べたに座って飲んでるオッサンに社会を動かす影響力なんて絶対にないけど、そういうダメっぽい人ほど国とか社会とかデカいことを言いたがるのはなぜかしら?

 

喫茶店で、若い女にデカいこと言ってる中年もよく見ますね。

ひとつ憶えておかなければいけないのは、人間にはその人が「どうにかできる問題」と「どうにもできない問題」があるということよ。

 

「どうにもならない問題」には目を瞑って、「どうにかなる問題」を解決していくことが、あらゆる個人が幸せになるための絶対条件…。

 

だけど、「どうにかなる問題」を放置する自分の責任を認めたくないあまり、それを「どうにもならない問題」にすり替える癖のある人がたまに…いるのよ。

 

 

 

 

 

 

 

たとえばAがBに「バカ」と言われた…これはAが「うるせえ、お前がバカだ」と言い返せば個人対個人の問題よ。

 

でも、Bに「バカ」と言われて何も言い返せなかったとき、Aはどうすると思う?

 

 

 

 

 

まずAは、Bが所属している集団やBの持つ「くくり」を割り出す!

 

 

BがAに悪口を言った、ではただのいさかいに終わる問題も…「B星人がA星人を侮辱した」とネットで問題提起すれば状況は様変わり!

 

ただ「BがAにバカと言った」という話でも、性別、国籍、趣味嗜好、そういった要素を絡めればそれは「差別」「蔑視」「マイノリティの迫害」といった社会問題にすることができる。

そして、個人ではなく集団や所属の問題になってしまえば、それに対処するのは自分ではなくもっと大きなものになり、自分の責任は「問題提起」したことで果たしたかのようになる。

先輩、私がついていってません。

でも言っておこう…。

社会やルールがいかにしてあなたの人権を保証しようと、それを迫害してくるのは結局個人! 個人から身を守ることも考えなければあなたはやられっぱなしだ!

 

この先輩の目…炎上を覚悟してるときの目だ!

 

 

 

 

 

車に轢かれないようにしよう

 

 

 

 

もっとわかりやすく考えるために、「人が車に轢かれなくなるようにするにはどうしたらいいか」というテーマで議論が巻き起こっているとしましょう。

 

「歩行者」サイドの人間は、「歩行者は弱者であり被害者だ。だから車が歩行者に気をつけなければならない」と主張するわ。

 

「自動車」サイドの人間は、「運転しているのも人間だし、歩行者も車に気をつけてほしい」と主張するわね。

 

それじゃあどうしたら人が車に轢かれなくなるのかというと、「車は歩行者に気をつけ、歩行者も車に気をつける」のが理想だというのはわかる?

 

わかる。

でも、歩行者の中には「いや、歩行者が車に気をつけないといけないのはおかしい。そもそも人が死ぬ前提の車社会がおかしいのだから、歩行者は車に気をつけなくてよい」と考える人もいる。

たしかに、車がなくなれば絶対に人は轢かれないけど、そのために車社会を明日からやめるなんてことは現実的に考えにくいでしょう?

 

だからその人に、「車社会」という「どうにもできないもの」の問題はさておき、「自分が車に気をつけるようにすれば、自分だけは轢かれにくくなれますよ」というアドバイスがなされる。

でも、それが「歩行者が車に轢かれないためのアドバイス」であっても、「車社会が悪」という前提を認めてほしい人にとっては善意もくそもなく、ただの「反対意見の人」になるの。

個々のメリットではなく、意見の違いが優先になってしまうんですね。

その通りじゃ。

このように、誰かを「自分と同じ意見にさせよう」と考えている人と、「意見が同じにならないなら妥協点を見つけよう」と考えている人の間で議論が成立することは難しいんじゃ。

 

 

 

 

 

 

善意の押し売り

 

 

「自分でどうにかできること」から目を背けている人は「自分にはどうにもできないこと」を槍玉にあげて現実逃避する、ということはわかったかしら?

 

名づけて「うまいラーメン作ってから言えや問題」ですね。

インターネットでもこういうふうに、自分にはどうにもできないことについての問題提起ばかりしている人をよく見るでしょう?

 

よく喋る人はだいたいそうですね。

そういう人は、とても正義感が強い、いい人なのよ。どこかで不幸になっている他人が見過ごせない、だから「まず自分が幸福になる」という選択肢が取れない。

 

そういう人は、半ば強迫観念的に利他主義や自己犠牲を掲げている場合が多いけど、果たしてそれが誰かの幸せに繋がるのかしら…?

 

 

 

 

 

たとえば、自分のお腹すら満たせない人から施してもらっても、素直によろこべるはずがない。「飢えてる自分を見せること」がすでに相手のストレスになるしね。

 

それより先に自分のお腹を満たして、少なくとも自分は飢えないように胃袋の責任を持つ。他人に施すのがその後になったとして咎めようもないわ。

 

言ってみれば、人に施すことが善行なら、人の善意を受け取ることもまた善行なんだけど、「受け取る善行」はなぜか強要されやすいのよ。

 

よくわからないけど、わかりました。

 

 

 

 

 

 

不幸な人の特徴

 

エリコちゃんは、思春期にめっちゃニキビできたことある?

今もめっちゃできます。

めっちゃニキビができるとめっちゃ気になる…そしていちいち潰してたら余計に増えるという悪循環…。

 

私は、これこそこの世の真理だと思っているわ。

 

 

 

 

 

 

こ、こここここの世の真理!!??

 

 

 

 

 

うん。

最近のネットを見ていると、あれが正しいとかこれは間違いとかああすべきとかこうすべきとか、そういうことばかり言ってる人が目につくよね。

 

彼らが反応しているのは、日常や社会に蔓延る「不快」や「理不尽」のことばかり。

 

でも、自分の人生から「不快」や「理不尽」を完全に取り除こうなんて、そんなの不可能な話だと私は思うの。もちろん許してはいけない理不尽もあるけど…。

 

だけどそういう人たちって、とてもしあわせに見えないわ。だって、不快なことをしらみ潰しになくそうとしたら、不快なこととばかり向き合って生きることになるじゃない。

 

「ニキビを潰すとニキビが増える」ということですね。

そういうコト☆

だから私は声を大にして言いたい。あんたがグチグチ言ってることは、ほんとにあんたに解決できることなの?

 

いろんなあんたみたいなやつが「~は許されない」「~すべき」と投げっぱなしの正論ばかり吐いて「だから誰か何とかして」と他人任せにした結果が、この腐った世の中なんじゃないのか、おお!?

何が言論の自由だよ! お前たち何もしねーじゃねーかよ!

反論されたらすぐ「言論の封殺」って何だよ! お前らの言う言論の自由って、反対意見を絶対に言われない権利かよ! 神か!

 

まずい、先輩がエキサイトしている…。

なんたらかんたら! うんたらかんたら!

先輩落ち着いて! 先輩!

 

 

 

 

ドォーン…

 

 

 

先輩が爆発してしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

エリコのまとめ

 

先輩が爆発したので、言いたかったであろうことをまとめると…。

 

自力で何かに対処するのが億劫な人は、それを「自分ではどうにもできない大きな問題」にすり替えて責任から逃避する。

 

例えば、誰かに何か言われたことを「そういう風潮」とか「そういう発言が起こり得る社会」とかデカい話にしようとするわけね。

 

そういう人は、他人の不幸を見逃せない「正義感が強い人」という面も持っている。

 

けど逆に言えば、自助努力の責任を放棄して、すべての人が助かるような劇的な変化が起こって自分も助かることを望んでいる怠惰な人だとも。

 

でも先輩は、そうやって不快なことや理不尽なことにばかり反応するのはカッコいいけれど、それでは自分がしあわせになることが難しいと言った。

 

なぜなら、不快なことについて考えている時間そのものが不快だからと…。

 

だから先輩は、世界にはびこる巨悪や理不尽に立ち向かうことよりも、まずは自分がしあわせになることに集中しようと…そう言いたかったのだと思う。

 

 

 

 

 

さまざまな生き物が殺し殺され、奪い奪われて巡っているこの地球<ホシ>…。

殺生なくして生きていけないシビアな世界に私たちは生まれた。

この世界で生きていく以上、【迷惑】や【不幸】をなくすことは不可能…。

そうである以上、一定量しかない【幸福】を噛み締め、【不幸】に目を瞑るのが

私たちがしあわせになれる唯一の方法なのかもしれない…。

 

 

 

 

よく悟ったわ、エリコ。

み、ミカ先輩!?

私はすべての煩悩を克服し、殺活自在の能力を得た超人間的存在。あの程度の爆発などでは死なないわ。

 

もう何でもありなんですね…。

この爆発で私が伝えたかったメッセージ…<正しさは矛盾なく両極端の立場で成立すること>。

 

そして<いいことに意図的に着目し、嫌なことは最低限しか考えないこと>。断片的にでも、これが読み取れたのは上出来だわ。あなたなら【真理の扉】に辿り着くことができるかも…。

 

 

 

 

 

さあ、エリコちゃん…。

真理をさとる手助けをするといわれるこの【正眼の壺】

今なら入会特典で30万円にまけてあげるわよ。

どうか、持っていって…。

 

 

 

う~ん、いらないかな。

 

 

 

 

 

 

(おわり)

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小野ほりでい

がんばってイラストも描くライター。人気ポータルサイト「オモコロ」で活動休止中。TwitterIDは@onoholiday

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