このコーナーでは、Twitterで活躍する人々にインタビューし、日々のツイートでは見えてこないアカウントの裏側を探ります。

 第2回は、Twitterで毎日「暇カプチーノ」と題して素敵なカプチーノアートを投稿している「じょーじ」さんにお話を聞きました。

 トゥギャッターなどのまとめサービスやRTによって、彼のカプチーノアートを見たことがある人も多いのではないでしょうか。

 かわいいキャラクターのカプチーノだけでなく、Twitterの流行を追ったネタを盛り込んだカプチーノが魅力的なアカウントです。

 今回は、そんなじょーじさんの素顔に迫ってみました!

 

▼寿司屋もイタリアンもダメだった…

IMG_0832

Twitterのアイコンとまったく同じ姿のじょーじさん
本来なら、カプチーノに浸かっているという

 インタビュアー   本日は、大阪から東京まで来ていただきありがとうございます! まず、じょーじさんがカプチーノアートを始めた経緯を教えてください。

じょーじ フレンチのお店のバースタッフをしていたとき、知り合いに出すカプチーノに描いたのがきっかけですね。

 インタビュアー   じゃあ、友だちをちょっと楽しませるために作り始めたものなんですね。

じょーじ そうですね。トトロとかねことか、初めたころはカンタンなものを描いていました。

 インタビュアー   カプチーノアートは、どうやって学んだんですか?

じょーじ ほぼ我流ですね。「カプチーノにハートや動物の絵が描ける」という程度の知識はありましたが、実際に描くのは自分で研究しました。

 インタビュアー   自分で何もわからないところから技術を高めていくって、難しそうですね…。そもそも、なぜ飲食店に勤めることになったんですか?

じょーじ もともと父親が喫茶店をやっていたので、飲食関係の仕事に就きたいというのがありました。高校の食物調理科を出た後、東京のお寿司屋さんに就職したのですが、すぐにくじけてしまって…。

 インタビュアー   お寿司屋さんって厳しそうですもんね…。私の父親も喫茶店の店長をやっていたので、1週遅れのマンガ雑誌は読み放題じゃなかったですか?

じょーじ そうなんですよ。僕もそれでマンガが好きになって。実家は岡山の田舎なので、当時は週刊誌も1~2日遅れでしか手に入らなくて、東京がすごく魅力的でした。

 インタビュアー   お寿司屋さんのあとも飲食関係ですか?

じょーじ イタリアンのお店でオープニングスタッフとして入ったんですが、ボロボロになって辞めてしまいました…。その後ですね、フレンチのお店のバースタッフになったのは。

 

▼思いのほか需要があったカプチーノアートのアイコン

IMG_0867

インタビューのため、わざわざ東京まできていただいた
おみやげの八ッ橋まで用意してくるほどのイケメンっぷり

 インタビュアー   Twitterを始めたのはいつごろなんでしょうか。

じょーじ ちょうど、カプチーノアートを描き始めたころです。たまに、描いたカプチーノアートを載せてもいましたね。とはいえ、フォロワーは100人前後です。

 インタビュアー   フォロワーが増え始めたのは、何がきっかけだったんですか?

じょーじ 70ほどラテアートを載せたあと、「もう少しで100だから、何か企画を立てて達成させてしまう」と思い、当時Twitter上で流行っていたハッシュタグ「#rtした人の第一印象言う」をアレンジして「RTした人のアイコンをカプチーノアートで描く」というのをやったんですよ。

 インタビュアー   それは30人限定だったんですか?

じょーじ それが限定にしていなかったので、3日で15000RT以上されてしまい、誰がRTしたかわからないほどの状態になってしまいました…。100人まで描けたんですけど、さすがにそれ以上は難しくなってしまったので「すみません、ウソになってしまいました」と謝まることになりました。

 インタビュアー   たしかに、追い切れないですよね…。フォロワーもかなり増えたのでは?

じょーじ フォロワーは、その企画で2000人くらいまで増えました。その後は好きなイラストを描いたり、Twitterでリクエストを募集したりしました。その中でも、「SLAM DUNK」の安西先生と「ルパン三世」の銭形のとっつぁんが好評で、Webメディアに掲載されてmixiニュースにまで流れたんです。そのときに「自分のカプチーノアートが、知らない間に大勢の人たちへ広がっている」って、なんかすごいなぁと。

 

▼フォロワーは一気に2万人へ

IMG_0977

 カプチーノアートを描くじょーじさん
作品は後編で!

 インタビュアー   そういった経験が、カプチーノアートを続けるモチベーションになったわけですね。そこから先は、どうやってフォロワーが増えていったんですか?

じょーじ その頃になると、僕のアカウントは現在のような「暇カプチーノ」をアップする専用アカウントに切り替えていました。しかし、以前はごく普通の会話も行っていたので、過去のツイートを「こいつ、前にはこんなこと言ってるぜ」なんて、晒され出されたんですね。

 インタビュアー   そ、それは恐ろしいですね…。

じょーじ でも、そのおかげで僕のカプチーノアートを見てもらえるきっかけが増えたんです。アカウントの最新ツイートは、カプチーノアートしか出てないですから。そこで2000人から2万人くらいまで増えたかと記憶しています。約束が守れなかったアイコンの件も、キチンと謝ったし…と静観していました。

 インタビュアー   2万人!? 10倍増とはすごいですね…。2万人のフォロワーを超えると、2000人のころとどのような変化がありましたか?

じょーじ フォロワーの方の中で、僕の描いたキャラクターの原作者のアカウントに対して「こんなの描いている人がいますよ」って言ってくれる人が出てきたんです。そこから原作者さんが反応して…と、さらに増えていきましたね。

 インタビュアー   なるほど。そのころまでは東京にいたんですよね? なぜ、現在は大阪に住まれているんですか?

じょーじ 昨年の8月、東京で働いていたお店を辞めて、自分のカフェを出そうかなと考えていたんですよ。自分についてくれた常連さんも来てくれそうだったので。しかし、最後の最後の送迎会で、お客さんからお酒をたくさんいただいて、グラスのワインを割ってしまったり、対応がよくなかったりして…。最終日前にクビになってしまったんです。

 インタビュアー   えー!? 辞めるのが決まっていてクビになったんですか…?

じょーじ そうなんです。それから3週間くらいニートをしながら反省して、いろいろ考えて…。気分を一新して何かやりたいと思い、はっちゃけすぎた東京から離れて、大阪でカプチーノアートの仕事ができるお店を探したんです。

 インタビュアー   それで、現在のお店にいたる、と。

じょーじ そうですね。大阪では、同じくカプチーノアートをやっていて、2ちゃんねるのまとめサイトなどでも紹介されるまっつんさんと出会うことができました。彼を通じて露店でのラテアートイベントをしたり、またそこで知り合った方とレンタルカフェでスペースを借りて男装喫茶のイベントをしたり、いろいろとやらせていただきました。

 

ーーー

 

 というわけで、インタビュー前半はここまで。

 後半では、実際にカプチーノアートを作ってもらいながら、そのコツや今後の展望などをお聞きします。お楽しみに!

この記事が楽しめたらシェアしてねっ!
加藤

有限会社ノオト所属のライター。平日毎日更新のおばかポータルサイト「オモコロ」の副編集長を勤める。TwitterIDは@katokato

いま話題の記事