インターネットを駆使して情報を収集している女性の皆さんこんにちは、小野ほりでいです。

電車のマナーポスターや、女性向けの広告にイラッときたことはありませんか?

今日は、そんな広告ができる仕組みを考えてみましょう。

 

 

<登場人物>

エリコちゃん

リベラルと言われてもそんな言葉は知らないOL。

ono_m01

ミカ先輩

リベラルなのでリベラルパンチが出せるOL。

男子中学生

いつも性のことばかり考えている男子中学生。

 

 

 

 

 

 

ああもう・・・

うっせぇ~な!!!!!

 

 

 

 

ono_m01お前がうるさいよ

あっ先輩!
見てくださいよこのポスター!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車のマナーポスターなんですけど、「足を閉じて座る人が美人だと思う。」って・・・

 

 

 

 

いやいやいや!足を閉じてようと開いてようとそれは外見とは関係なくない!!??????

美人は足開いてても美人だしブスは足閉じてもブスでしょ!

 

 

 

 

ono_m01何をそんなに怒ってんのよ

だって先輩、電車でどう座るかはマナーの問題であって美人とかブスとかそういう話は関係ないでしょう!?

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ何かい?ブスは生きてるだけでマナー違反ってことですかい!?ポスターの言うことを信じるならそういうことになるんですけど必然的に!なあ!

 

 

 

 

 

あれだろ?「そうはいっても女って全員結局は美人だかわいいだチヤホヤされたいだけでしょ」ってタカくくってるんだろ!?

落ち着いてエリコちゃん・・・
たぶんそういうことじゃないわよこれは

弾劾しましょう先輩!今回は!
今回はこういうクソ広告を叩くだけの回にしましょう!

うーん・・・まあ、たまには性について考えるのも悪くないかもね。いいわ、そうしましょう。

僕はいつも性について考えてます。

誰?

男子中学生です。

 

 

 

 

 

ハァハァハァハァハァハァハァハァ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナーを守ると美人?

 

エリコちゃんの言うとおり、マナーを守ると美人、という言い方はブスを”罪”と定義してしまっているわね。

そうですよね!

美人どうこうじゃなく「他の人の迷惑なので足を閉じましょう」でいいんじゃないの?

それを「足を閉じないやつブス」って言い方をするのは、女性が倫理より美醜を優先する生物だという偏見では?

そうだそうだ!

とまあ、悪意に捉えようと思えばきりがない。でも、定期的に生まれるこういう広告にイライラするのはうんざりなのよね。

ということで、なぜこういうポスターが生まれるのか、広告というものの発祥からさかのぼって考えてみましょう。

面倒くさいなあ・・・
いつものように雑に糾弾して終わらせましょうよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タバコの成功

 

 

というわけでまあ、現在に至る”広告”の基礎については今から90年ぐらい前のアメリカまで遡るの

遡りすぎじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時、タバコ産業は女性がタバコを吸わないことに悩んでいた。
なぜなら、それだけで市場の半分が無駄になっているからよ。

これをどうにかできないかと、ある男に相談した・・・
その男は高名な心理学者の甥で、心理学をこの問題に応用できると考えた。

ためになる話だなぁ~

心理学者の助言によれば、タバコは男根の象徴・・・
それは、自立の旗印として容易にイメージ付けられた。

男根ってなに?

帰れよ

有名女優に同時にタバコを吸わせ、「彼女らは女性の自立を企図しており、タバコはその灯らしい」と噂を流す・・・

今だとステマだのなんだので問題になりそうだけど、そんな概念がない当時だから大成功よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タバコの火が瞬く間に女性たちのもとに拡がり、これは革新的な”広告”の成功例として後世に語り継がれているわ。

タバコがねぇ~

煙を吸うと自立?冷静に考えるとそんなのはおかしい。
でも、実際にこれによって女性の喫煙が許容されるようになっていった。

それより何だ、この丸いものは。
なんて丸い、
それに少し紫だし・・・

 

 

 

 

 

ハァハァハァハァハァハァハァハァ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロパガンダと広告

 

 

かつて広告は「これはこういう商品です」と性能を説明するだけのものがほとんどだった・・・

庶民は必要であれば買い、十分ならそれ以上買わなかった。
なぜか?必要でないものは、必要でないからよ。

では、必要でないものを買わせるにはどうしたらいいか?
そのヒントは”心理学”と”プロパガンダ”の2つにあった。

当時、心理学の父・・・フロイトは「人間心理の奥には非合理で凶暴な獣が潜んでいる」と考えていた。

一部の国家は既にプロパガンダを駆使し、人民を熱狂させ、意のままに操っていたの。

あーアレね、プロパガンダね。

そして、フロイトの甥は思った。「これは使える。この獣を駆使して不要なものを買わせられる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはプロパガンダというマイナスイメージの名前を変えることから始まった。PR(パブリック・リレーションズ)ね。

今と同じですね。

PRは今までの広告と違った・・・
今までの広告は論理的に商品を説明するだけ。

「これはこういう商品です。ですからあなたはこれを必要とします。」なるほど、必要なら買うわ。

でも、それだと必要なぶんが行き渡ったら、それ以上売れない。もっと買わせたい。

人間の欲望は果てることを知らないからね

「この商品は必須ではありません。ですが気分を良くします」
新しい宣伝方法は理性でなく感性に訴えることで、人の心を掴んだの。

理性に訴えても、理性的に判断ができれば不要なものは買わない。
感性に訴えれば、不要なものを買うのに理性というブレーキが利かない。

つまり、「論理的であるより、論理として破綻している方が有効。」
これが広告の常識を覆したの。

なんだか言いたいことが分かってきた気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の”らしさ”広告

 

そしてまあ、アメリカで生まれたPRは世相や時代を経て変化していくんだけど、そこは関係ないので日本に戻りましょう。

時代と場所が変わっても、「理性より感情に訴えたほうが有効」
という広告のルールは変わらなかった。

敗戦してボロボロだった日本も復興し、やがてモノが溢れてくるようになる。そして、不要なものを買う時代・・・

ここで猛威を奮ったのが、「男らしさ」「女らしさ」などをまとった「らしさ」をプレゼンする広告よ。

らしさ・・・?

はい、男性の皆さん!タバコをふかし、金ピカの腕時計をつけて、酒場で散財しましょう。それが男らしさです!

女性の皆さん、香水をふりまき、ブランドバッグを身に着け、料理教室に通いましょう。それが女らしさなのです。

家族らしさとは何か?家族の幸せとは?
このワゴンに乗りましょう。これが家族の幸せです!

そして、「らしさ」の条件を満たすと褒めてもらえる。
あなたは、男らしい、あなたは女らしい!

すみません、確認したいんですけどタバコって何の象徴でしたっけ

帰れって

そしてまあ、これでうまくいったわけ。
論理としては破綻してるけどね。

なんで男がメタリックな腕時計をつけないといけないの?
なんで女がブランドを身に着けないといけないの?さあね。

しばらくは広告と嗜好品の蜜月が続いた・・・
しかし、それを脅かすものが生まれる。リベラルよ!

 

 

 

 

 

り、り、りりリベラル!!???????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リベラルと広告

 

リベラル、つまり自由という概念・・・
これが全てを変えてしまった。

男が編み物してもいい、女がバリバリ働いてもいい、男がナヨナヨしてもいい、女がムキムキになってもいい・・・

肴はあぶったイカでいい・・・

男女が「らしさ」を追いかけなくてよくなった・・・
これがモノの買い方に大きな変化をもたらした。

メタリックな時計?欲しい人もいるでしょうね。
でも僕は時間が分かればそれでいいので。

ブランドバッグ?身につけてる人もいるわね。
でも私は運べれば何でもいいのよ。

「らしさ」が必須でなくなったことで、「らしさ」が自慢できなくなり、褒め言葉でもなくなってしまったの。

確かに、女らしいとか男らしいとか、言うとむしろ白い目で見られる言葉になってしまいましたね。

さあ困った!今まで売れてたものが売れない!
大人は困って「若者の○○離れ、××離れ」・・・

わたしは単にお金がないから買えないんですけどね

人間の「こうあるべき」という図像がはっきりしてるうちはプロパガンダは簡単なの。

でもそれが多様化すると、言葉ひとつで言いくるめるのが困難になってしまう・・・

民主主義も一筋縄ではいかないのだなあ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り残された広告たち

 

人々は急速に変化するけど、会社や経済は追いつけない。そして広告も。

だって、今までに絶対的なやり方が一つだあって、それ以外には知らないんだもの。

リベラルに追いつけない広告は浮いてしまい、炎上したり批判されたりすることになる。

最近よくあるやつですね・・・

ono_m01よくあるのはこういうやつね。

 

 

 

 

 

 

 

うっせぇ~な!

リベラルに置いてかれた広告はこう言うしかなくなってしまう。
「今までの価値観に戻って!じゃないと困る!」

う~ん。

要するに、「こうするとこういう気分になります!」
というのが広告の基礎なんだけど・・・

その「こういう気分」の部分が時代とともに変化して新しい世代には通用しなくなってしまうの。

そして、論理としても破綻しているからわけがわからない・・・

そして、この使ってない白地図・・・
白すぎ・・・

 

 

 

ハァハァハァハァハァハァハァハァ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

見直してみよう

 

それじゃあ、ここまでの説明をふまえて最初のポスターをもう一度見てみましょう。

はい!

 

 

 

 

 

 

 

あ・・・

ono_m01どう?

これ、プロパガンダになってるんですね!

ono_m01そう!

「足を広げると場所を取って迷惑なので閉じましょう。」
これは事実を言っているだけで、人を動かせない。

だけど、「足を閉じれば美人気分♪」と感情に訴えれば人間の心理に直接的に訴えることができるってわけ。

でも、本当に?

ううん、別にこれが有効という確証があるわけじゃない。
現に反感を買っているわけだし。

だけど、「今までこうしてきたから」という習慣に則って今後もこういうポスターがなくなることはないと思うわ。

そ、そんな・・・

でも、ちょっと見方が変わったかな。
今までは女性をバカにした広告にしか見えなかったけど。

ああ、時代に取り残されてるんだ、かわいそう・・・
そう思うほうが、イライラしなくて済みそうです。

そう思ってもらえるなら良かったわ。ただ、それとは別にポスターの版元にクレームを入れまくりましょう。

やった~!

 

 

 

 

 

 

 

 

マナーポスターへの苦情は鳴り止みませんでした。

 

若者を出せば若者ばかりが悪者かと言われ・・・

 

老人を出せば弱いものいじめだとけなされ・・・

 

女を出せば女性の敵と非難され・・・

 

男を出せば女性優遇と揶揄され・・・

 

ポスターのデザイナーは男性と女性と、

 

それから若者と老人を出さずにマナーを

 

訴えなければならなくなり・・・

 

ポスターはもはや何なのかよくわからない

 

抽象画に変化していきました。

 

そして、その原因を作った人々は

 

こんなわけのわからないもの、と

 

他人事のように批判し続けました。

 

そう、1人を除いて・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だ、このポスター

 

 

 

 

 

 

 

ハァハァハァハァハァハァハァハァ・・・・・

 

 

 

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ono_m01たいへん使いにくいと評判よ

私も持ってるんですけど使いにくいですよ

ハァハァハァ…

 

 

 

 

 

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小野ほりでい

がんばってイラストも描くライター。人気ポータルサイト「オモコロ」で活動休止中。TwitterIDは@onoholiday